「風の峠」最終章~湖を渡る光のカーテン
2016/05/10
ここまで2回に分けて、春の地吹雪の中の「美幌峠」での撮影模様をお届けしましたが、その寒さや風の音は伝わったでしょうか?
→前々回記事:風の峠に挑んだ春の朝(その1)
→前回記事:風の峠に現れた光(その2)
「一枚でいい」
もしその一枚に想いの全てを凝縮できるのなら、それは見る側にとって想像力を膨らませることができる、そんな作品になるのかもしれません。
実際、写真とはそのような力を持っています。
僕も普段は「その一枚」に伝えたい事を全て詰め込んで撮るように心がけています。
でもどうしても、始まりから終わりまでを動画のように記録したい時もたまにあります。
今回の撮影がまさにそうでした・・・。
「最終章」
================================
雲の流れが変わり、地球の窪みに溜まっていた霧が少しずつ消えてゆく。
僕は日本最大のカルデラ湖「屈斜路湖」(くっしゃろこ)を一望できる展望台「美幌峠」(びほろとうげ)にいた。
美幌峠は屈斜路湖の西側に位置するので、湖の向こうから昇る朝日を見るのには、四季を通じて最高の場所にあると言える。
そんな最高のロケーションに、今朝は誰もいなかった。
いや、「居られなかった」と言ったほうが正しいのかもしれない。
もし知人や自分以外の誰かが今朝ここに来ようとするなら、辞めたほうがいいと僕は言うだろう。
それほどまでに見通しの悪い厳しいシチュエーションだったから。
少なくてもさっきまでは。
===============================
季節は巡り、日の出の時刻は朝5時半を少し切るようになった。
そして僕は朝日を見るために5時半より少し前にこの峠に到着し、強風の中、展望台でその時を待っていた。
その真っ白な世界で待つこと1時間半、見れたのはほんの数秒間湖面を照らした淡い光だけだった。
→前々回記事:風の峠に挑んだ春の朝(その1)
→前回記事:風の峠に現れた光(その2)
少なくとも太陽の存在を確認できる瞬間はなかった。
そして諦めて帰ろうとしたその時、風向きが変わったのだ。
さっきまでずっと雲の中にいて、霧がかかったような視界だった。
ところが、あれほど白かった空気が少しずつクリアになり、ハッキリとその全てを僕に見せてくれたのだ。
だからあなたにも見せようと思う。
雲と風と雪が作った光のカーテンを。
僕から見て左側、北の方角から流れてきた雲は、湖の上で形を変えた。
光はカーテンのように揺れて、湖面を照らしながら少しずつ右に移動していく。
カルデラの中央に位置する「中島」にそのカーテンはだんだん近づいて行った。
そしてついに光がその島の上から降り注いだ。
「光あれ」
(画像をクリックすると拡大ページに移動します。戻る際はブラウザの戻るボタンで。)
僕はただ撮るだけで、その光景の前にそれ以上の言葉は見つからなかった。
時刻は朝の7時くらいだったと思うが、光は斜めからではなく、真上から降り注いでいるようだった。
「こんなことってあるんだ・・・」
僕はそこから一歩も動けず、ただその場に立ち尽くして見ていた。
40年以上生きてきて、自分の想像を越えることって、日常ではそう多くない。
でも日常から少しだけ足を伸ばすことで、僕は少年の好奇心のような刺激を、感じとることができた。
「もっとこうだったら」とか、
「こう撮りたかった」とは全く思わなかった。
そこにあるものが全てだった。
それ以上でもそれ以下でもなく、目の前の光景がただ素晴らしかった。
そして、
「伝えなければならない」
僕はそう思った。
この光景を・・・僕の写真を見てくれる人に、届けようと思った。
だって、世界中でこの瞬間ここにいたのは僕だけだったのだから。
島を包んだ光のカーテンは、その速度を落とし、ゆっくりと東側に移動していった。
気が付くと、風はまた僕の背後「西」の方角から猛烈に吹き込んでいた。
北から南の方角に流れてきた雲は、ちょうど島の真上で進路を東に変更したのだ。
ここでまた、手の感覚がなくなっていることに気づいた。
手袋の中で地肌に直接触れているはずのミニカイロの感触も消えていた。
撮影を一時中断して、再びポケットの中で手を動かす。
痛みはなかった。
「大丈夫だ」と、いつの間にか冷静になった大人の僕がそうつぶやいた。
そして光のカーテンの行方を見届けて、満足感で溢れる心を抑えるようにその場から立ち去った。
展望台から駐車場へは、西の方角に歩くことになる。
猛烈な向かい風。
僕は身体を前に傾けて、推進力を得た。
時折、積もった雪に足が深く埋まった。
そして駐車場へ戻ると、車は一晩寝かせたかのように真っ白になっていた。
車の影で風を避けながらスナップを数枚撮る。
「もういい!」
この朝の僕の原動力となった「勇気」と「無謀」そして「少年」の三者の意見が初めて一致した。
撮影は終了だ!
風下側のドアを開けて機材を車に積み込む。
そして、密かに楽しみにしていた自販機の「ホットドリンク」を買うことにした。
そういえば撮影中は強風だったのでほとんど飲み物を飲まなかった。
撮影で冷えた身体にホットドリンクが美味いことは誰もが知っている。
手や指の動きは鈍かったけど、温かい缶コーヒーで暖めるとちょうど良い具合に元に戻りそうだった。
幸い凍傷にはなっていなかった。
小銭を素手で握りしめて、冷たい手もこれが最後だと、自販機に向かう。
=================================
そこにある自販機は全てが西側を向き、まるで白いモアイ像のように並んでいた。
「どれにしようか・・・」
自販機のパネルは霧氷で真っ白になり、中身が何なのかさっぱりわからなかった。
「とりあえず何でもいいからホット」
ここで間違ってコールドドリンクでも出てきたら、話のネタになるかな?、そんなことを考えながら小銭を投入した。
「カタン・・・」
聞きたくない音が自販機の下の方から聞こえた。
購入ランプは付いていない。
小銭返却口を見ると、今入れたコインがそこで笑っている。
もう一度何も考えずに違うコインを入れてみた。
「チャリン♪」
返却口でコイン同士がぶつかった。
隣の自販機は?
よく見ると、本来自販機に点いているはずのランプが消えている。
「販売中止」
凍りついた自販機の窓の中にその標識を見つけた。
よく見ると、全ての自販機の中にその標識のようなものが飾ってあった。
冬場、西からの猛烈な風に晒されるモアイたちは、販売中止という選択をして、ここで静かに春を待っていたのだ。
(もしくは日中のみ売っているとか?)
「撮る、撮ってやる!!」(笑)
僕は無性にその自販機を撮りたくなり、車に戻りカメラを持ってきてバシバシ撮った。
=================================
あいにくホットコーヒーはお預けだったけど、こんな面白い体験もできたのだからまぁヨシとしよう。
少し暖まった車に乗り込み、防寒着はそのままで、風の峠を後にした。
帰り道、湖の方角を見ると、そこは厚い雲に覆われた灰色の世界だった。
後ろを振り返るとさっきまで僕がいた峠は雲に隠れて見えなかった。
「今からあそこに行こうとは絶対に思えないな」
そう僕は苦笑した。
峠から弟子屈町へ向かう途中に、屈斜路湖畔にアクセスできる「和琴半島」がある。
少しだけそこに寄ってみると、凍結した湖面に春の模様を見つけることができた。
もう少し暖かくなれば、融けた氷が湖岸に打ち寄せられて、不思議な形を見せてくれる。
(画像をクリックすると拡大ページに移動します。戻る際はブラウザの戻るボタンで。)
「また来よう」
春を待つ湖に別れを告げて、僕は湿原へと向かった。
============================
「光のカーテン」
その美しさを、僕はあなたに届けることができたでしょうか?
「えっ、まだ足りない?」
僕の冒険はこれからも続きそうです(笑)
おしまい。
============================
最後まで読んでくれてありがとうございました♪
今回の「風の峠」の記事3部作は、「悪天候での撮影」を勧めるものでは決してありません。
悪天候での撮影は危険であり、怪我や機材の故障などリスクを伴うということが伝われば幸いです。
(伝わらなかったかもしれませんが)
僕は今回、冬山登山や氷点下25度以下での撮影経験を活かして、偶然にも美しい光景に巡りあうことができました。
写真を通じて、その感動を共有してもらえたら、何より嬉しく思います。
この美幌峠からの絶景は、夏場などにも数回撮影していますので、今後記事にしたいと思っています。
今回の撮影で活躍した愛すべき機材たち
ニコン D810 ボディ
ニコン AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
ニコン AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR II
グーグルマップで美幌峠を見る。